NEWS

東京に奇跡!各地にサンタさんが出没


今日はクリスマスイブ。
先日の21日は、自分の所属する団体の クリスマス会 でした。
毎年サンタクロースになるのですが、これでも町内では結構顔が割れてきました。
小学生にも「おのせさんだ」とか、「おのちゃんだ」とか言われます。→結構嬉しい!

そこに参加する小学生達も、結構私の名前を知っている口。
そして毎年サンタをしていることを知っている口です。

しかし・・・まずスーツで子ども達と挨拶を多めにして戯れる。
そして子ども達がゲームに楽しんでいる間に小部屋に入る。
サンタに着替える・・・が、ここで重要なのは、裸足になることです。


さて、子ども達の待つ部屋に サンタとして入ります。
色んな質問攻めにあい、用意されていたプレゼントを渡して、紙芝居を読む。

終わって足早に帰るのですが、一回ドアを出て階段をおり、外へ出ます。
すかさず元に戻り、小部屋でスーツに着替えて、この間約40秒。
この速さが勝負です。

何食わぬ顔して子ども達の部屋に入ると、ニヤニヤしながら質問攻め。
「ね どこ行ってたの?サンタなんでしょう?」「サンタやってたの?」

ここで 素足が効いてくるのです。

おのせ「あ さっきサンタ表行ったよ。目黒銀座のほうに行った。」

子ども「嘘だね。サンタなんでしょう。」

おのせ「違うよ、だってサンタ帰って着替えてたら間に合わないじゃん」

子ども「そうか・・・・そうだだってサンタ裸足だったよ。おのちゃん履いてるもの」

と・・寒い思いはするけれど、苦労は毎年報われるみたい。

そして本日はなんと、おのせは本物のサンタになりました。
これは、インターネットのコミュニティで、「子ども達にサンタになってプレゼント配る人募集」
と声を掛けたら日本中から100人近く集まったというもの。インターネットは凄いです。

もともと幹事役のカップルさんが、声を掛けたのですが、親御さんからおもちゃを預かり、
1000円負担してもらって届けて、その1000円は、フィリピンのゴミの山に暮らす子ども達に
長靴をプレゼントすると言うもの。

私が子どもだった時、浅草で城北地区だったのですが、城南地区の東急百貨店だけが、
おもちゃを運んでくれるサンタ便というサービスをやっていました。今考えればサンタの格好で
配送会社が来るだけの事でしたが、私は子供心に嬉しくて、近所でも おのせの家にはサンタが来た
と騒がれました。実はその時の思い出が、両親の思い以上に私に残っていたのでした。

いつか子ども達にこんな夢を与えたい。そう思っていた矢先に、彼らの計画が目に入り参加しました。

なによりも パパとママがいるのに、サンタが届けに来るということに意味があると思います。
だってそのサンタはパパじゃないのだから。

日本中から集合場所の代々木公園にサンタが集まりました。皆心根の優しい若者です。
男女ペアの何人かのグループが出来て地図を渡され出発です。途中道行く子どもにも
アメをあげることになっています。リーダーはお母さんと携帯で連絡を取り合い、2~3件廻るのです。
夕方の代々木公園にサンタの格好が100人。警視庁のヘリが怪しんで、十数回旋回していました。


私の担当は、自動車での移動が可能なので、若者が行けない飛び地でした。
一件目は 葛西の湾岸沿いのご自宅。2歳のお姉さんと1歳2ヶ月の弟君です。
ママから事前データで お名前と好きな物ときらいな物は確認済みです。
おもちゃは、突入5分前にママが玄関前に1000円付きで置いてくれる仕掛け。

ピンポーン ママが開けてくれます。「はーい。あっ サンタさんだ。○○達どうする??」
「メーリークリスマス。○○ちゃん××君 いい子にししていたからサンタさんが来たよ」
お姉ちゃんは大喜びでジャンプ。弟君は泣きそうな顔でママに近寄ります。
お姉ちゃんとサンタが仲良くお話していると、弟君オムツをつけたお尻をふりふり
近寄ってきた。ここでチャンス。二人を抱いて、パパに写真を撮ってもらいます。

賞味10分 挨拶 プレゼント 写真と、一通り終わると、子ども達がはしゃぎます。
帰るのにドアを閉めてもまだ興奮している声。
幸せそうなご家族を見る事が出来て、こちらが暖かい気持ちにさせられます。

二件目は 田園調布のマンション。1歳6ヶ月の女の子。
「臆病なので、必ず泣きます。でも写真を撮って思い出にしたい」との事。
案の定 大泣きでしたが、プレゼントを渡すと、握手してくれました。
おうちの中にある大きなツリーの前で、パパとお嬢と三人で写真。

大きくなってもこの日の事、この夢を作ってくれたご両親の愛情を忘れないで欲しいです。
今回なによりも嬉しい発見だったのが、ママ達の携帯のメールアドレス。
○○-××-takaramono@とか子どもの名前と大切な思いが一緒になっている物が多かった事。
子どもを殺害してしまう親も増えている反面、まだまだ絆が強く大切に子ども達を育てている姿に
強い勇気と安心感をもらいました。


でも本日同世代のタレント 飯島愛さんのご逝去はショックでした。ご冥福をお祈りします。

恒例 木曜日 佐藤ゆかり代議士駅頭演説 と手話劇発表会



本日は木曜日 恒例の佐藤ゆかり代議士 朝の駅頭演説でした。

本日の駅は祐天寺 地元の駅で、区役所にも近い駅でしたので多くの自民党区議会議員の参加となりました。

いつもビラを配っていて思うことは、代議士と同年代の女性が、ビラに手を伸ばしてくださる事
そして朝の通勤時間にも関わらず演説をワンセット立ち止まって聴いて下さる方がいる事。

現在自民党は、麻生政権の支持率低迷で、本来ならば駅頭に立っても演説する内容は厳しいはず。身内ながら代議士の演説内容が気になりました。演説内容はズバリ 税制調査会の答申や審議過程。
そうです。今晩のニューズで「タバコ税増税ストップ」が繰り返し流されたあの自民党税制調査会の答申が今日決まる。その中で生活を守る為に、経済の建て直しの為に、自分はこのような発言をしてきた。と言う内容でした。

今日の演説はまさに、動いている政治を生放送しているようなダイナミズムがありました。



夕方19時からは、目黒区の 手話通訳養成講座の皆様による手話劇発表会

毎年2月頃、区報で目黒区手話通訳養成講座のお知らせが出るのですが、その講座に参加
された方々が、一年の習得内容を発表する為、劇と言う形で行われる会です。

クラスは、初級 中級 上級 実践の4段階に分かれています。会合の都合で、私は中級の出し物「浦島太郎」から拝見しました。どうやら中級には芸達者が揃っているようで、劇の演出、背景も凝っていました

その後の上級は 「パロディ 目黒のさんま漫遊記」名前だけでも楽しそうでしたが、殿様が目黒にさんまを再び食べに行く前に、目黒のさまざまな名物を巡ると言うもの

モンブランや亀屋萬年堂、果ては寄生虫館まで登場し、この萬遊劇を見事に手話で表現していました。実践クラスは なんと 「裁判員制度」あなたならどうする?という今話題の裁判員制度の内容説明と、聴覚障害者の方々はどうなるのか?のガイド。難しい内容を手話劇でまとめられていました

皆さん 仕事や家事の合間に習得され、それを劇で発表されていたわけですが、久しぶりの学芸会気分なのか、いきいきと楽しそうに演じておられました。また区役所の中で働いておられる方々が多くいらっしゃたのも感心させられました。
劇を見ているうちに、心得のない私も幾つかの単語を覚える事も出来ました。

更に発見は、聴覚障害者の方々は、拍手が聞こえません。そこで、拍手の代わりには、手を上に上げて キラキラ といった仕草をするのだそうです。劇が終わると皆キラキラ

演者も観客もキラキラとした会に、時間を忘れて次の会合の時間にはみ出して楽しんで参りました。
この講座を受講して、実践クラスまで完成すると、聴覚障害の皆様への通訳者として活躍できるのだそうです。私の所属する青年会議所では、各級選挙の際には、公開討論会を実施しますが、その際にはいつも御協力を頂いております。

私も少しぐらいは 手話 が解るようになりたいと思っています。

ちなみに、障害者を障がい者、子供を子どもと表記するべきだと言う最近の通例がございますが、私はその言葉や、その対象者に対する自分の心の置き方が平等、尊重していれば表記を変更しなくても良いと思っておりますので、表記変更はいたしません。ご了承ください。

夢実現!「お菓子の家づくり教室」


本日は 午前中に下目黒小学校130周年記念行事に出席しました。
130年の伝統とは重い物で、校歌も戦前、戦後と二つ用意され、最年長の卒業生の女性は110歳でご存命(もちろん目黒区一のご長寿)でした。

子ども達は、みんなでソーラン節を披露。他の学校の周年行事と違い、地域の方々は
多くご参列でしたが、一般の保護者の方々はいらっしゃらなかったようです。

午後からは、区民センターで行われた目黒区主催の「地球温暖化フォーラム」。
今年の講師はお天気キャスターの森田さん。エルニーニョや異常高温のお話が印象的で、参加していた小学生への個別の受け答えが、森田さんらしかったです。
確実に進んでいる地球温暖化、その対策は私達の日常生活から一歩が改革できるはずです。 「だれか ではなく私から」を合言葉に目黒区も力を入れています。
ちなみに私は、①自分の箸を持って歩く②こまめに電気を消す③ペットボトルにお茶を詰め替え④ゴミ減量⑤リサイクル品の頻用を実施しています。
以下は目黒区が個人向けに出来る事を紹介したマニュアル
http://www.city.meguro.tokyo.jp/kurashi/shizen/mondai/ondanka_taisaku/ondanka_pamphlet/index.html

その後は、区役所2階大会議室で実施されている、私が楽しみにしていた 
東京建築士会目黒支部・目黒区・目黒区住宅・街づくりセンター共催 「お菓子の家づくり教室」にお邪魔しました。

毎年行われているこの講座、主催はなんと現職の 建築士の皆さんの 目黒区建築士会。
食べられるお菓子を材料に、親子50組でお菓子の家を作っていきます。毎年広報に掲載されるや、10分で申し込みが完了してしまう人気講座です。

「子ども達に家作りに対する興味を持ってもらい、将来に向けた小さな建築家を育て、元気で創造性のある子ども達にものづくりを通して成長していただく。」という趣旨なのですが、建築司会目黒支部の会長さんは、現役の中学PTA会長で、調停委員も引き受ける地域の教育者でありアイデアマン。今日も日頃お仕事でお付き合いのあるパナソニックさんから お菓子の家用のライトを提供いただき、家の中に明かりまでつきました。

子ども達は、まず自分の家の設計図を書き、建築確認をもらいます



そして、実際に親子で作っていくのですが、接着にはメレンゲの粉を使います。色とりどりのクリームも、設計士の先生方が前日用意していただいている手作りの講座です。保護者の方々も夢中になって作る家づくり。

会長曰く「プラモデルと違って一から創造して作る事を味わって欲しい」との事。完成した家は、設計図どおりに出来たかどうか、完了検査があります。



このように家を作るにも色々な手続き、人、時間がかかるという経験をつむ事が出来るのです。そして最終的には「お菓子の家建築士」の認定書が渡されるのです。

20mにも及ぶ、お菓子の家は圧巻で、区役所の入り口から甘い匂いが漂います。




一つの物を親子で作る時間、建築・街づくりの知識の周知、今後も建築士会の先生方の
ご努力で、更に多くの子ども達に広がって欲しいと思います。

新嘗祭 と 上目黒住区30周年

祐天寺商店街にお馬?



11月23日は、神社で一番大切なお祭りの「新嘗祭」の日です。
「にいなめさい」と読むこの祭事、天皇陛下が五穀の新穀を神にお供えし、自らもこれを食してその土地の収穫に感謝する祭事です。

区内の多くの神社でもこの祭事が行われています。

私は氏子であります 上目黒 烏森稲荷神社 の新嘗祭にご参列させて頂きました。


烏森稲荷神社の場合は、近隣三町会が氏子町会になっており、各町会の町会長を中心とする方々が氏子総代になっておられます。

私達、自民党をはじめとする保守系の議員は、地元、町を基準に活動しています。

私は町とは、やはり神社の区割りで動いていると思います。

私は、地元から選ばれた議員である以上は、政教分離の大原則の中で、神社の祭礼や神事、地域、町会を活動の根本に考えて行きたいと常々思っております。

現在目黒区内の各神社では 20年に一度の本殿造営を行う 伊勢神宮式年遷宮の寄付 を募集しています。

日本全国の神社が、大本の伊勢神宮の本殿造営の為に国民から浄財を集め、式年遷宮の伝統が守られてきた訳です。少しでもお心のある方は、各御鎮守の神社にご相談ください。

また、上目黒にお住まいの方は、現在 烏森稲荷神社の瓦屋根が滑落いたし、修理のご寄付を各町会にてお願いしています。こちらもあわせてご協力戴き、神社社務所・各町会にお問い合わせください。

特にお神輿を担ぐ方、初詣、お節句でお世話になった方、大願成就が果たせた方にはお礼の意味でご奉仕戴ければ また一つ絆を繋ぐ事が出来ると思います。

同じ日の午後には、駒沢通り、目黒高校裏手にある「上目黒住区住民会議」の30周年記念 交通安全・地域安全パレードと記念式典に参加しました。



今年は、30周年の記念の年なので、警視庁から騎馬隊がパレードに参加、祐天寺の商店街を華麗に闊歩しました。






パレードの後には、祐天寺駅近くの上目黒小学校にて 近隣の 祐天寺付属幼稚園 目黒区立上目黒小学校 都立目黒高校 によるコンサートそして毎年このコンサートに参加してくれている、駒澤大学ブラスバンドの 行進・演奏・カラーガードは、祐天寺駅前でも繰り広げられました。





また昨年からは、中目黒の阿波踊りでおなじみの目黒区職員による さんま連の演技も披露されるようになりました。休日に、地域の為に参加してくれる職員の方々の熱演に地域のご婦人方から熱い声援がかけられていました。


夕方からは 住区設立30周年の記念の宴が開かれました。30周年で、5人の委員長を筆頭に、地元の方々が地域の為に育ててくださった住区のお祝いをさせて頂きました。とりわけ、この住区は、
安心・安全の為の カラオケ大会・パレード・カレー と名物が多い住区であり、近隣の4つの町会の会長が住区副委員長を務め、周辺学校との連携もとれている理想的な住区です。




現在目黒区内には22地区の 住区住民会議 があります。早い開設のところは、30周年を向かえ、活動の拠点である住区センターも、改築・修繕の時期を迎えています。

区議会本会議の決算・予算委員会でもこの辺の議論が出ており、30年前、先進自治体の理想像であった地域コミュニティを作り上げる為に目黒区に導入された、「住区制度」の見直し議論が始まる予感です。

現在 地域コミュニティの必要性が声高に叫ばれる反面、協働等の新しいシステムの誕生と、行政費用のスリム化、問題の多様性への対応から、「住区住民会議」という会議体としての効用まで、今期の課題は沢山あります。

また12月からは、この住区センターの利用に関して、コンピューターによる予約システムが導入されます。コンピューターを利用しない世代の利用が制限されかねない部分は注視が必要です。そして利用の区民優先と言う視点も大きな課題です。

本会議3日目 鈴木隆道都議会議員 秋のつどい

本日は本会議3日目。各議案の付託 と 各種陳情送付 と 意見書提出でした。
各議案の付託とは、各議案を各常任委員会に送る事を決めるという意味。
各種陳情も、区民や団体から出された陳情を各委員会に送る事を決める訳です。
意見書は、目黒区議会として、国や都に意見を述べる文章を提出する事を決める作業です。
夕方からは、毎年恒例の 


鈴木隆道 東京都議会議員の「秋のつどい」



第一部が 講演会と都政報告 第二部は懇親会という構成。

今年は第一部の司会の大役を 栗山区議会議員と一緒に勤めさせていただきました

鈴木隆道都議は、この秋から 公営企業委員長に就任
公営企業委員長とは、東京都が経営する企業体、下水道局や交通局などの管轄の長です。
各局長も来賓でご来臨頂きました。

今年の 講演会 の講師は「佐藤ゆかり代議士」。


テーマもタイムリーな「日本経済復活のために今なすべき事」でした。

ゆかり代議士も最近は地元に後援者が増え、地元での講演も笑顔が増えたようです。

第二部は懇親会。
区議団紹介では壇上に14名の自民党区議団が登壇し、手前味噌ですがその姿は圧巻でした。


私は 鈴木チルドレン と言われる一人。平成19年の区議会議員選挙で、政務調査費問題を争点に自民党が逆風の中、36人中15名(一人も惜敗で次点)という好成績を残した奇跡の選挙で当選させて戴いた新人です。選挙対策本部長としてその軍配を配したのが、鈴木隆道都議会議員。当時の流行語 小泉チルドレン をもじって洒落た方がつけた愛称です。

しかし 実は私は鈴木都議と初めてお話をしたのは公認を戴く一ヶ月前。その前は、都議には 「どこの馬の骨かわからない無所属の小僧」と写っていたと思います。青年会議所でも先輩後輩になるのですが、私も 怖い先輩 としか思っていませんでした。

そんな関係の下、ある日、都議に言われた言葉が今でも頭に残っています。「会議の一員に選ばれたのならば、発言をする事。発言しなければ参加していないのと同じ事だ。」

鈴木都議は、志願兵で、当時の小坂徳三郎代議士の秘書さんから区議会、都議会になられた方。私も、自民党議員の秘書から、区議会に出させていただいた志願兵。政治に対する情熱や自民党に対する考え方、特に保守本流という考え方は、深さの違いはあれ、同じ物を感じる事ができ、私が永田町に勤務していた時代の、憧れだった侠気のある先輩秘書の匂いがする先生です。→そちらの趣味はありません。あしからず。

地元選挙区が近い事もあり、都議の地盤の一部で活動をさせていただいており、現在の私は恵まれた環境にあるぶん、都議の看板に泥を塗らないようにしっかりと活動していきたいと思っています。
どちらかといえば 敬遠されていた私が、区議会議員となり、短期間でご指導を戴くようになり、司会の大役を戴く。これだから政治や人生は面白い と考え入る「秋のつどい」でした。
プロフィール
おのせ康裕
  • 名前:
    おのせ康裕
  • 住所:
    東京都目黒区
  • 職業:
    目黒区議会議員
  • 所属:
    自由民主党